【映像部門】
入賞 琉球朝日放送報道部 三上智恵
このたびは遠い南の島の後発局である、琉球朝日放送制作の「英霊か犬死か」に身に余る高い評価を頂き、驚くとともにステレオタイプの思考や大勢に流されず立ち止り、自分の志や良心に照らし、思考錯誤する現場の人間を応援する組織から関心を寄せていただいたということを知り、一同、深く感謝するとともに気持ちを新たにしています。
あの作品のテーマになっているのは、望んでいたわけではないのに「戦争に積極的に協力してくれてありがとう」と祭り上げられる沖縄の人びと。これも拒否したかったのに「積極的に基地を提供してくれてありがとう」と「土地代がほしいでしょう、いえいえ、国を思う気持ちですよね」と褒め殺しされ続け、結局は「国の防波堤や抑止力」に利用される沖縄。
地上戦で死んだ人たちを「英霊」として持ち上げていくことは、決して過去を慰撫することではなく人間の大事な部分を麻痺させ、これからも国に命をささげていく、これからもお金や名誉と引き換えに先祖の土地や愛しい人の命もささげていく、そういう沖縄を作り上げるために立派に機能しているという事実です。
主人公の金城実さんの言葉を借りて言えば、「靖国問題は過去の問題じゃない。直接的に、未来の沖縄の戦争を止める、一歩も引けない闘い」なのです。靖国神社が、次の戦争を呼ぶ装置として、息をとっくに吹き返し、たくさんの若年層の「ネット右翼」の牙城と化しているのを、この取材で実感しました。
この問題に取り掛かる当初は、「靖国を許せないと思う人達の気持ちはよくわかる。でも、心のよすがにしている人まで否定するのも問題だ」と常識人風なことを私も思っていました。だから、人々に嫌悪感を与えるけれどインパクトもあるという理由で、「犬死」というワードをタイトルに使おうとする自分に多少の躊躇がありました。
しかし、遺族に無断で、しかも遺族が懇願しても振り切って靖国で英霊を祀り上げていく力の正体は何なのか意識、無意識下で靖国や天皇制をタブー、聖域視することで、靖国のシステムを支えている多くの国民がその先の運命まで予見しているのか、そこまで考えた時に「犬死」という言葉に気持ちを逆なでされること、怒りを持ってこの問題に向き合わせることこそ必要なのだ、と私は制作者として決心しました。
傲慢なのかと何度も自問しました。右翼の攻撃にさらされて、私が辞職を余儀なくされるまでは良いとして局は耐えられるのか。また、QABや自分はさておき、65年前の出来事でいまだに安定剤を飲むようなお年寄りがたくさんいるこの島でさえ、肉親の死を「犬死」にたとえられる侮辱に耐えられるのか、そんなことをする権利があるのか、などなど毎日悩みました
それでも、民主党政権になって、できもしない県外移設に翻弄されて、毎日永田町の政局の紆余曲折ばかり報道され、それが基地問題を決めるかのような上滑りの報道にあきれ、安保の議論もなく、実際に沖縄の基地そのものや沖縄の人びとの矛盾に満ちた戦後や、移設先とされ疲弊していく辺野古周辺の現状をほとんど誰も取材に来ない今の報道の質の低さに決別する意味でも決心しました。
「基地問題として報道するのはもう遠回りだ。次の戦争に向っていってますけど、いいですか?と直接訴えないと、ことの本質が伝わらない」と主人公の金城さんは、自分の大切な大切な母親を泣かせてまで、誰よりも深く思いを致している父親を犬死も見本として大衆に晒す覚悟で、戦争の根っこをあぶりだして見せようとする。
犠牲者だと声高に訴えるだけの沖縄を嫌い、だまされ続ける沖縄の弱さこそ、かなぐり捨てるべきだと訴える金城実さんの鋭い視線に、全国の人も、沖縄の人も、もろ手を挙げて感動してくれたりはしないと思いますが、嫌悪した人にも大事な一石を投じることのできる沖縄の風土が生んだ豪傑の一人だと思っています。
日本の利益と沖縄の利益が一致しないことがよくあります。中央の価値観が辺境の我々にとって許しがたいものであることがあります。常に問題には中央と辺境が存在し、多重な視点の存在を示し、様々な視座で言葉を発することの重要性をこそ、メディアは伝えるべきであって、国境の島々のジャーナリストはもっと吠えるべきだ。
私は今回の受賞をそのようなエールだと受け取りました。本来でしたら、授賞理由やご意見ご指摘を関係者の皆さまから直接伺う機会があれば、幸いこの上ないことではありますが、それは、いつか近い未来の楽しみといたします。
私どもQABは去年1年間365日、「65年前の今日何があったか」をテーマにミニ企画を毎日放送しました。この島が戦場になってしまった1945年を1月から12月まで追体験する企画です。沖縄に居る私たちしかできない報道を、思考錯誤しながらこれからも、えっちらおっちら、やっていきます。皆様から頂いた勇気やエネルギーを糧にしながら。
最後になりましたが、堕落したメディアの中にも志ある仲間が踏ん張っています。市民の視点でそれを発掘するという、市民の手にメディアを取り戻す活動は、今後、さらに必要度が増してくると思います。内部浄化はもちろん、私たちの責任ですが、皆様方の労力や情熱に接し、最も喜び、奮起するのは私たち現場の闇でもがいている者どもかもしれません。心からの感謝の気持ちを表して、受賞のあいさつとさせていただきます。どうもありがとうございました。
【活字部門】
メディア賞 毎日新聞東京本社編集委員 花谷寿人
弊社北海道報道部経由で、「追跡・累犯」が活字部門の「メディア賞」に選ばれたとの連絡をいただきました。ありがとうございました。誠に残念ながら当日に出席できる取材班のメンバーがおりませんので、表彰式は欠席とさせていただきます。申し訳ございません。受賞のコメントにつきましては、以下のとおりです。ご査収ください。
「『追跡・累犯』は、知的障害者や高齢者といった弱者が小さな事件を重ね、社会と刑務所を行き来する現状をさまざまな角度からルポしていこうとするシリーズです。背景にある、『更生』に対する捜査当局の意識の乏しさや、不十分な福祉的支援の実態について、今後も地道に取材し、伝えていきたいと考えています」
アンビシャス賞 朝日新聞那覇総局 後藤啓文
いまのメディアの状況をみたときに、果たしてこの記事で賞を受けていいのか、自問自答せざるをえません。
沖縄の基地問題はまったく動かず、菅直人政権は普天間飛行場の県外移設を求める沖縄の「民意」を一顧だにしない状況が続いているのに、昨年11月の知事選を境に、沖縄の基地問題をめぐる記事はめっきり減ってしまいました。
その責任の一端は当然、私にもあります。この記事でメディアの責任を問うた私はより罪が重いのかもしれません。
沖縄の基地問題も、メディアも、なかなか変わりません。だが、変わらないと思っていたら何も変わりません。この記事に共感していただいた方々の思いに応えるためにも、もう一歩、記者として踏み出さなければならないと改めて痛感しています。
入賞 北海道新聞東京報道センター 徃住嘉文
実は、3年前の記事です。他紙が既に書き、新規性も独自性もないのですが、何としても北海道の読者に伝えたいと思い、書き直したり、いろいろお願いしたりして、日の目を見ました。
ちょっと根性を入れたのは、北海道の洞爺湖サミットでも、デモ隊や取材中のロイターのカメラマンが逮捕されたのに、メディアがほとんど驚かなかったことに驚いたからです。自衛隊のイラク派遣の時、自衛隊アパートに反対のビラを配っただけで市民団体が75日間勾留された時もそうでした。
言いたいことを自由に言うという一点において、彼らはわれわれブンヤと同じ仲間だと思います。高邁な思想などありませんが、我がことだと思い書きました。伝えるべきことは時宜を失しても、恥をかいても、伝えたいと思います。若者を押しのけて賞を頂戴するのは心苦しいとも一瞬思ったのですが、この賞は同じ志の仲間たちへの激励に違いなく、忙しい皆に替わり受けさせていただきます。有り難うございました。