2020年受賞者感想

【映像部門】以下、( )内は受賞メンバー。敬称略

▶大賞 報道特集「独自入手・森友学園問題9時間半の音声記録」

モットーは「現場取材」を大切に

                TBS「報道特集」編集長 曺 琴袖

映像メディアの世界には激震が走っています。ネットメディアを通して誰もが取材者・発信者になり得る時代において、生き残るため、より「効率性」と数字的な「成果」を求められる風潮が高まっています。

コロナ禍では特に在宅ワークが進み、効率的な時間の使い方が急速に浸透しました。「報道特集」はその時代の流れに抗いながら、今も現場取材をモットーにしています。40年の番組の歴史の中で、当事者に現場で取材することの重みを十分すぎるほど学んできたからです。

これまでも、テレビ番組は視聴率という評価軸に縛られてきました。その中でたくさんの調査報道番組がテレビ欄から消えていきました。最近、「報道特集」の視聴率の動きに以前は無かった反応が見られます。視聴者の大きな関心事ではないテ―マでも多くの視聴者に見て頂けるのです。そうしたテーマを取り上げる番組が他にはないという「希少性」が支持される原因になりつつあるのです。番組にとっては喜ばしいことながら、映像メディア全体を考えれば薄ら寒い不気味さを感じます。

受賞した放送回は、自殺された近畿財務局の赤木俊夫さんと遺された雅子さんを取り上げました。「効率性」を優先できず、死を選ぶまでに追い込まれた俊夫さんとその死の真相を愚直に追及する雅子さんを番組は今後も追い続けます。

(キャスター:金平茂紀、日下部正樹、膳場貴子)

▶メディア賞 NHKスペシャル「世界は私たちを忘れた~追いつめられるシリア難民~」

困難に負けず生きる姿伝えて、自ら感動

椿プロ・プロデューサー 金本麻理子

この度は、素晴らしい賞を頂き大変光栄です。2020年1月、経済が低迷するシリア難民の現状を伝える番組を取材するためレバノンに初めて訪れました。その時、まさかコロナがこれほどまでに世界を震撼させる事態になるとは想像もしていませんでした。

レバノンでは近年、暮らしに行きづまり臓器を売るという難民までもいました。既に1日2.9ドル以下で暮らす極貧層が50%を超える中、コロナが追い打ちをかけたのです。

空港も封鎖され私自身も出国の道を絶たれました。コロナ渦のレバノンで目の当たりにしたのは、差別や家庭内暴力、そして自殺者まで現れ過酷な現状でした。とりわけ最も弱い存在の女性と子供たちがしわ寄せを受けていました。けれども取材中、私の心に強く響いたのは、厳しい現実を前に、困難に負けまいと強く生きていこうとする子供や女性たちの姿でした。内戦から10年、ともすれば忘れられがち難民の人々の現状と共に、彼らの生きる強さも少しでも伝えることができたならば、うれしく思います。

(NEDエデュケーショナルプロデューサー塩田純、NHKプロデューサー東野真)

▶アンビシャス賞  HBCドキュメンタリー「ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に~」

身近なことに目を凝らし、世界につながる

HBC 北海道放送 報道局報道部編集長 山崎 裕侍

そもそも道警のヤジ排除問題を最初に報じたのは朝日新聞です。HBCは3番手。その後報道を続けましたが、道警は非を認めようとはせず、刑事司法も当事者の訴えを門前払いです。唯一僕らが成しえたのは、「おかしい」と声を上げた人たちの「声」を視聴者に届けたこと。メディアとして当たり前のことですが、その当たり前のことが評価されたのは、言論や表現の自由をめぐる環境が危機的状況だからかもしれません。

こうして寄稿文を書いている間にミャンマーでクーデタ―が起きました。「ヤジと民主主義」的な危機は世界中で広がっています。香港、タイ、アメリカ、ベラルーシ、ロシア、そして日本でも。ただ嬉しかったのは、テレビの制作現場にきてわずか5か月のHBCの若手記者が「北海道で暮らすミャンマーの人たちが今回のクーデターをどのような思いでみているか取材したい」と申し出てくれたことです。30年前のクーデターを機に来日した男性、千歳の介護施設で働く技能実習生の女性。2人の思いを取材し、2月5日に放送しました。

「若者は自分の半径5メートルしか関心がない」と揶揄されます。しかしその半径5メートルの日常の中に世界とつながる問題があることに気が付くことがあります。権力の不正に目を凝らし、弱者の言葉に耳を澄ます。そんな報道をこれからも続けること。この受賞は僕たちに課せられた課題だと思っています。

(HBCディレクター長澤祐)

入選 ドキュメントJ「イントレランスの時代」

不寛容な時代に問われる報道

RKB毎日放送 デジタル報道担当局長 神戸金史

放送界には様々なコンテストがありますが、市民が自主的に選ぶこの賞は、ほかのコンテストとは全く違う意味があります。福岡のローカル番組をBS-TBSさんに全国放送してもらったおかげで、とてもうれしいです。

近年、社会の変化に強い危機感を抱いています。特にヘイトスピーチは、「人権」「言論の自由」といった戦後の民主主義的なテーゼを逆手にとって、「日本人の人権を守れ」「こちらにも言論の自由がある」と叫びます。

一方的な正義観。おそらくは、関東大震災での朝鮮人虐殺も、同じ論理で起きました。

多くの人の血と涙の犠牲の上に得た価値観は、戦後の70数年を経て輝きを失い、現代は不寛容(イントレランス)な時代に入ったと考えています。

100年前の無声映画『イントレランス』は、様々な時代の異なる不寛容を同時並行で描きました。障害者殺傷事件の犯人、植松聖死刑囚は「重度障害者に生きる価値はない」と供述しました。不朽の名作から構成とテーマを借用して、私は現代日本の不寛容を並列してみました。

ヘイトをそのまま放送したので、「これは放送として許されるのか」と驚く人がいましたが、客観報道の名の下に、差別への批判を控えたり、採り上げなかったりすることは本末転倒です。

事実(ファクト)と虚偽(フェイク)を、中立的に扱う報道はあり得ませんよね。それと同様に、「差別と反差別の“中立報道”」もあり得ない、と私は思っています。

(RKBプロデューサー児玉克浩、元RKBプロデューサー貞苅昭仁、BS-TBSドキュメントプロデューサー佐田正憲)

▶入選 証言記録 東日本大震災「埋もれた声25年の真実~災害時の性暴力~」

自ら抱える〝ジェンダー〟に気づく

NHK大型企画開発センター統括プロデューサー 小原美和

この度は、名誉ある賞に選んで頂き誠にありがとうございます。そして貴重な証言をして下さった方々に、改めて感謝申し上げたいと思います。放送後、想像を遥かに超える反響を頂きましたが、何より心に残ったのは、主人公の正井禮子さんについて「ご本人の名誉が回復されて良かった」という声です。阪神・淡路大震災の直後、性暴力やDV被害について声を上げた正井さん達は、メディアなどからバッシングを受けました。報道によって深く傷ついた正井さん、見過ごされた被害者の方々の心情を考えると、取材者として悔恨の念に苛まれましたので、「名誉が回復された」という言葉は、何よりも重く、救いとなりました。さらに、ある男性記者からは「あの時、自分もその事実を知っていたが報道しなかったことを悔いている」という声。記事を書いても出稿できなかった先輩記者の方々からは、「今も無念な思いがこみ上げるが、明らかにしてくれてありがとう」という声も…。

今回の番組は、自分たちが内在的に抱えている「メディアとジェンダー」という課題に向き合い足元から改革していく必要性を痛感するきっかけにもなりました。埋もれていた声を掘り起こし、全ての人たちの人権や暮らしが守られるように、仲間と共に伝え続けていきたいと思います。取材にご協力下さった方々、番組をご覧いただいた皆さん、そして励みとなる賞を与えて下さった関係者の方々に、心から御礼申し上げます。

(NHKディレクター橋口恵理加、デスク伊藤弥生)

【活字部門】

▶大賞 現場へ!ヘイトスピーチを考える

かすかな叫びに耳傾けて

  朝日新聞編集委員 北野隆一

 記事で伝えたいことは、はっきりしていました。なぜヘイトスピーチの問題に取り組むのか。それは、差別は人の心を傷つけ、社会を壊すからだ--というメッセージです。

 ヘイトスピーチのデモに遭遇すると、おぞましい罵詈雑言を吐く人々に気を取られがちです。しかし今回は、差別的で暴力的な言葉を投げつけられた人たちに目を向けました。標的とされた人たちは「自分の存立を脅かされるような恐怖」に襲われ、打ちひしがれて言葉を失う。声をあげられない状況に追い込まれた人が絞り出すかすかな叫びを聞き取り、社会に伝える。そのことを今回の記事ではとくに意識しました。

 マイノリティーに対する差別の問題を取材していると、記者自身が社内外で少数派になったように感じることもありました。しかし最近は、現状の深刻さを反映してか、関心をもつ記者が少しずつ増えてきているように感じています。

 ヘイトスピーチをめぐっては、今賞の放送部門でRKB毎日放送の神戸金史さんの作品「イントレランスの時代」が入選。新聞労連ジャーナリズム大賞で川崎市のヘイトスピーチ問題に取り組む石橋学・神奈川新聞記者が特別賞を受賞しています。ともに現場で取材する記者仲間として、うれしいことでした。

▶メディア賞  子どもへの性暴力第3部「消費する社会」 

当事者の理解を得てやりがい
                        朝日新聞東京本社社会部編集委員 大久保真紀
 「何かの間違い?」。受賞の連絡をいただいたときの正直な気持ちです。昨年、「子どもへの性暴力」第1部が、大賞を受賞させていただいていたからです。
 事務局の方から、昨年の受賞を承知の上でみなさんが再度、第3部を今年のメディア賞に選んでくださったことを教えていただきました。本当にありがとうございます。取材陣一同、とても光栄に感じています。
 第3部は子どもを性の対象としてみる社会側に問題があることを主眼に置いたシリーズです。そうした認識を共有していただいたことが大変うれしいです。この受賞は被害を受けた当事者の方々へ贈られたものでもあると受け止めています。
 受賞をお知らせした当事者の方からいただいたメッセージをご紹介します。
 「今でも自分の身に起きたことを思い出す時は必ずあります。あまりに多い被害に思わぬことで過去の傷をえぐられる時もあります。それでも負けないでいたいなと今は思っています。蓋をして触れずに生きていく方が楽なのかもしれません。きっと楽だと思います。でも今逃げたら同じ思いをする人が増えるだけ、一番嫌いな加害者に加担してしまう気がして、やっぱり逃げたくないと思いました。鬼滅の刃みたいに鬼がいない、犯罪が消える社会は来ないかもしれないですが、せめて被害を受けた人を全力で守り、擁護する社会にはしたい。その為には、被害者がどれほどの地獄をみてきたか、その現実を真っすぐ伝え、正しく理解してもらうことが大切だと思っています。こうして出会えたこと、そして被害者の叫ぶような声を届けて下さったことに感謝しております」
 今後もシリーズを続けていきます。引き続き、よろしくお願いします。
(朝日新聞「子どもへの性暴力」取材班:西部本社報道センター次長 泗水康信、大阪本社生活文化部 小若理恵、西部本社報道センター 山田佳奈、東京本社社会部 塩入彩、東京本社社会部(当時) 林幹益、名古屋本社報道センター 山崎輝史)

▶アンビシャス賞 「菅首相、学術会議人事に介入 推薦候補を任命せず 安保批判者らを数人」

あらためて感じるジャーナリズムの使命
しんぶん赤旗社会部長 三浦誠
 日本学術会議の会員任命拒否は、菅義偉首相の強権体質を象徴する事件です。「しんぶん赤旗」は2020年10月1日付の1面トップで菅首相による任命拒否を報じました。菅氏が首相に就任したのは、このわずか半月前です。
 一般に新政権発足後、100日間は「ハネムーン期間」と呼ばれ、メディアが政権批判を控える傾向があるとされます。実際に、パンケーキ好き、秋田の農家出身で苦労人、という好意的なイメージが流されていました。
 他方、「赤旗」は菅氏の首相就任後、官房長官時代に人事で官僚機構を支配してきたことに注目し報じていました。
 そんな中で、キャッチしたのが菅首相による学術会議会員の任命拒否という情報です.私は社会部の部員に「任命拒否は、菅氏が首相になって初めて明らかになる恣意的強権的な人事です。菅政権の本性を暴く取材です」と伝え、取材を始めました。
 あわせて重視したのが、「学問の自由」を脅かす問題だという視点です。戦前戦中に学問、科学が戦争に協力させられた反省から、学術会議は政府から独立して職務を果たす期間として設立されました。菅首相の任命拒否は、独立性を掘り崩し、研究活動への萎縮に繋がります。
 首相による強権的人事や学問の自由への介入は、民主政治の根本を歪めます。これを許さないため政権の監視、告発を続けることがいまジャーナリズムに求められています。
(学術・文化部長 西沢享子)

▶入選 現場へ!コロナと憲法

人間の尊厳を読者と共に考える
                     朝日新聞編集委員 豊 秀一
かつて経験したことのないコロナ禍の中で様々なことがおきました。そこに「憲法」というレンズを通すと何が見えるのか。入選作品に選んでいただいた「現場へ! コロナと憲法」の狙いです。個人の尊厳、生存権、表現の自由、両性の平等、緊急事態の五つをテーマにしました。
 例えば、「生存権」の現場は日雇い労働者の街、大阪・釜ケ崎。36歳で憲法学者の職を捨て、移り住んだ遠藤比呂通弁護士と街を歩きました。10万円の特別定額給付金は住民票があることが条件。しかし、目の前に住民票がない野宿者たちがいます。しかも、大阪市は2007年、釜ケ崎解放会館などに登録していた日雇い労働者ら約2100人の住民票を「居住実態がない」として一斉に削除していたのです。住民票削除処分の取り消し訴訟が起こり、遠藤さんは代理人を務めましたが、最高裁で敗訴が確定しました。
 13年前の住民票削除事件と、住民票がないことを理由とした今回の特別給付金の不支給。遠藤さんはそこに、国家と裸で対峙させられてきた野宿者の姿を見ます。記事は遠藤さんの言葉で結びました。「コロナ禍が教えるのはだれもが弱い立場に置かれかねないということ。人間の尊厳とは何か、そこから『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』を定めた25条の生存権の意味を問い直してほしい」
 憲法とは何か、読者とともに考える記事を、受賞を励みに書き続けていこうと思います。

▶入選 「見えない予算 一般社団法人に1.3兆円」

反響の大きさが記者の本懐
毎日新聞経済部副部長 三沢耕平
 国の予算は国会で成立した後、適正に執行されているのか? 今回の記事の端緒は、民間委託を巡る不透明な実態が問題となった持続化給付金事業の取材課程で抱いた素朴な疑問でした。
 「官から民へ」の流れの下、国の予算執行を担う社団法人は急増しています。しかし、社団法人には最低限の公告義務をのぞき、予算の使途を説明する法的責任がありません。納税者が税金の行方を知ることができない「見えない予算」の存在は、財政民主主義の精神に反するという強い問題意識の下、政府の行政事業レビューシートを分析しながら約2カ月にわたって関係者の取材を続けました。
 社団法人から企業などへ再委託を繰り返す予算の行方を追う作業は難航しましたが、予算の可視化を目指す学者や国会議員、公益法人制度改革に携わった専門家など、我々と問題意識を共有する人たちの協力もあって記事化することができました。「今まで知らなかった実態に驚いた」「よくぞここまで調べてくれた」。読者から届いた多くの反響に、記者の本懐を遂げた思いがしました。
 経済部記者は予算の規模と内容をいち早くスクープする競争に陥りがちです。しかし、そうした情報はいずれ当局によって発表されます。ネットメディアの台頭で新聞のあり方が問われる中、毎日新聞経済部はそうした「発表前報道」とは一線を画し、時が来ても誰も明らかにしてくれない事実を発掘することで社会に貢献する公器としての存在意義を発揮していこうと誓い合ったところです。今回の受賞は、そんな我々の新たな目標と指針を後押しするものであり、受賞に恥じない取材活動を続けていく決意を新たにしております。

 

▶特別賞 長年に及ぶ、一連の原発問題報道に対して

矛盾や先送りの政府、東電を見続ける
北海道新聞編集委員 関口裕士
 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から10年になります。それ以前から原子力を取材していたので私の原子力取材歴は10年以上になります。東京から札幌に異動したのが2011年3月1日。直前まで取材し送別会も開いてくれた東電の社員が原発事故後、被災者に土下座している姿をテレビで見て、心が張り裂けそうになりました。思い出すと、今もつらいです。
 原子力の取材を続けてつくづく感じるのは、電力会社も政府も、矛盾や取り繕い、先送りだらけだということです。そのツケが凝縮されているのが、使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の問題だと考えています。
 昨年、北海道の寿都町と神恵内村で核のごみの最終処分地を選ぶための調査が始まりました。北海道新聞はその動きをスクープし継続して手厚い報道を続けています。今回の特別賞は道新の仲間たちとの共同受賞だと思っています。ありがとうございました。さらに読者に考えるヒントを提供できるよう、受賞を励みにして頑張ります。
 私は今も毎月のように福島に通っています。「10年」の後も通い続けるつもりです。福島第1原発の廃炉は東電や政府の説明でも30~40年かかります。核のごみは放射能が安全なレベルに下がるまで万年単位の時間がかかります。核のごみはもちろん、福島の廃炉さえ、私たちは見届けられるか分かりません。でも、見続けられる限り、見つめ続けようと思っています。

※受賞感想などの見出しは事務局で付しました。

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