2018年 受賞の言葉

【活字部門】

☆大賞

首相をかばう記者会見に大いに疑問

                           東京新聞社会部長 杉谷 剛

 岡山市に本部がある加計学園が地元の記者クラブに記者会見を知らせるファクスを送ってきたのは2018年6月19日午前9時、記者会見のわずか2時間前だった。疑惑発覚から一年余り。学園は一切の取材を拒否してきたが、「本件は首相案件」とする文書が2カ月前に明らかになっていた。窮地に追い込まれた安倍晋三首相を助けようと、「腹心の友」である加計孝太郎理事長が一策を講じたのは明らかだった。

 記者会見に参加できるのは地元の記者クラブ加盟社に限られた。参加できたとしても東京にいる記者は間に合わなかった。大阪は前日、震度6の地震に見舞われ、在阪の記者は取材に奔走中。夜はサッカー・ワールドカップ日本代表の初戦と、大きなニュースがめじろ押しだった。そんなタイミングを見計らったような突然の会見通告だった。

その夜、日本代表は強敵コロンビアを破る金星を挙げ、日本中が沸き返った。翌日朝刊に載せる記事選びと紙面での大きさは、当番の編集局次長と整理部デスクを中心に、各部のデスクが話し合って決める。途中で変わることもままある。だが、この日は夕方の会議で早々に「日本代表が勝っても1面トップは加計学園で行こう」となった。

「部下がウソをついたと言って首相をかばった加計理事長の説明に、誰もが疑問を感じたに違いない。会見のどこが不自然なのか、できる限りの分析を加えて1面トップで」。編集各部の意見は一致していた。

会見の1週間後から、まず大阪の森友学園疑惑をテーマにした「背信の根 検証・森友問題」という7回連載を載せた。その後、間を置かずに「権力の内幕 検証・加計学園疑惑」という連載を始めた。こちらは1部と2部で計15回。できる限り疑惑に迫ったつもりだが、モリカケ疑惑が最大の焦点となった国会は7月下旬に閉会、首相は最大の窮地を脱した。あきらめたわけではないが、編集局には、疑惑を解明しきれなかったという思いが今も残っている。

そんなとき、「志を持ち、良心に従って伝えていこうとする人たちを応援する」というメディア・アンビシャス大賞をいただくことになった。あの日のわれわれの思いが伝わったようで、うれしかった。と同時に賞の期待に応えるため、これからも権力の実態を紙面で大きく扱えるように、ニュースの発掘と紙面作りを工夫していかなければと、気を引き締めた。

☆メディア賞

「森友」連続受賞で、残る疑問解明に励み

                朝日新聞大阪本社社会部次長 羽根 和人

 このたびは弊社東京社会部・大阪社会部の取材班が手がけた「財務省公文書改ざん報道」をメディア賞にお選びいただき、大変光栄に存じます。昨年は、「国有地を学校法人に『近隣の1割』で売却」のスクープにメディア賞をお贈りいただきました。森友学園への国有地問題を初めて報じたのは2017年2月9日。それから2年以上が経ちましたが、弊社の森友学園問題の報道をずっと見守ってくださったみなさまに心より御礼を申し上げます。

 森友学園への土地の売却価格が、隣にある同じ規模の国有地の10分の1。それは適正な取引だったのか――。森友学園が開校するつもりだった小学校の名誉校長に安倍晋三首相の妻、昭恵氏が就いていたこともあり、国会では大きな議論になりました。

 政府はごみの撤去費を根拠に値引いたとしましたが、その説明にはいくつも疑問が浮かびました。「実際、取引の詳しい経緯はどうだったのか」。取材班は関係者への取材や資料の収集を続けました。

そんな取材の中で「財務省が幹部ぐるみで公文書を改ざんしたようだ」という情報をつかみました。長い時間をかけて一歩一歩真相に近づき、揺るぎない事実と確信して出したのが2018年3月2日付朝刊1面トップの「森友文書 書き換えの疑い」の特報です。

財務省が改ざんを認めたのは10日後でした。この間、本来は説明責任がある財務省や政府にではなく、「朝日新聞に挙証責任がある」という主張が少なからずありました。もしかしたら「真実を追究し、権力を監視する」というジャーナリズムの役割が理解されなくなりつつあるのではないかと戸惑いました。その後も森友学園問題を報じると、「朝日はまだ森友をやっているのか」という声も聞こえてきます。

そんな中、市民のみなさんから賞に選んでいただいたことは、私たちの大きな励みとなりました。土地取引は本当に妥当だったのか。なぜ公文書を改ざんする必要があったのか。まだ残る疑問を解こうと、取材班は取材を続けています。これからも叱咤激励をお願いいたします。

☆アンビシャス賞

税の流れを追い、利権をあぶり出す

                    東京新聞社会部長 杉谷 剛

2018年7月、森友・加計両学園疑惑をテーマにした連載が終わると、いつか取り組みたいと以前から温めてきたテーマが頭をもたげてきた。税の流れを追うことで、利権や既得権をあぶり出す調査報道キャンペーン「税を追う」だ。手始めに調べたかったのが、安倍晋三首相が2012年末に政権に返り咲いてから増大を続ける防衛費だった。

やりたいことは常にたくさんあるが、社会部の人員は限られている。そこでモリカケ疑惑を取材してきた記者らにベテランの事件記者や防衛省担当記者を加え、5人の調査報道班を編成。5兆円を超えて過去最大を更新し続ける防衛費の取材・分析を始めた。

戦闘機や艦船といった装備品調達のための「兵器ローン」残高が、19年度には5兆3000億円に達することにまず驚いた。「防衛費は毎年増えているのに、なぜこれほど借金があるのか」。調べてみると、この防衛費の借金は安倍政権になってからわずか6年間で2兆円も増えていた。輸送機オスプレイやF35戦闘機など、米国製の高額兵器の輸入拡大が大きく影響していた。過去の政権ではみられなかったが、補正予算でも兵器を購入するようになっていた。

OBも含めた防衛省・自衛隊の関係者はもとより、日米の政府関係者、兵器ビジネスに関わる国内外の商社マンらにも次々とインタビューを重ねた。すると次第に、国家安全保障会議(NSC)や実動部隊の国家安全保障局(NSS)が兵器の選定に大きな影響力を持っていることが分かってきた。

また、対日貿易赤字の解消を掲げる米トランプ政権が日本からの輸入自動車の関税引き上げをちらつかせながら、「バイ・アメリカン」と自国の高額兵器を売り込んでいること、日本政府は常に、首脳会談の際のトランプ大統領への手土産をどうするか、兵器購入を中心に悩んでいる状況も浮かび上がった。NSSに出向している外務官僚らの対米重視の考えは、兵器の輸入拡大にも影響を及ぼしていた。

「自動車関税の引き上げ阻止は安倍政権の至上命題となった」。経産省の幹部がそう証言したように、政府は一石二鳥とばかりに日米軍事一体化を進める。専守防衛を空洞化させるような長距離巡航ミサイルの導入や護衛艦の空母化など、かつての政権ではみられなかった「軍拡路線」へ大きく傾いていた。

「歯止めなき防衛費」という10回の連載を含め、「税を追う」のワッペンが付いた記事は四十本を超えた。年明けからは沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設をめぐる問題を重点的に調べ、「ワッペンを付きで掲載している。辺野古の埋め立ては、軟弱地盤隠しや大量の赤土疑惑など、税の使われ方からも大いに問題がある。

メディア・アンビシャス大賞とのW受賞で、社会部だけでなく編集局は盛り上がっている。「税金の流れる先に利権や既得権がある」。その想定の下、こらからも税の流れを追い、賞の期待に応えていきたい。

☆入選

〝官僚〟の壁を越え、公文書管理の実態に迫る

                    毎日新聞社会部記者 大場弘行

「公文書クライシス」は、毎日新聞東京社会部が2018年1月にスタートさせたキャンペーン報道です。きっかけは自衛隊PKO日報や森友学園を巡る問題などでした。元々、公文書の公開に後ろ向きな官僚機構の姿勢に強い疑問を感じていた数名の記者が集まり、この機会に公文書問題をとことん掘り下げようと取材班を立ち上げました。

取材は、省庁内部で公文書の作成、保存、公開が実際どのように行われているのかを探ることから始まりました。官僚は一様に口が重く、証言集めは困難を極めましたが、見えてきたのは、利用が急増している公用電子メールが「私的文書」として公開対象から外され、職員の裁量で廃棄されている実態でした。

 キャンペーンはこの実態を報じることから始め、その後も、▽公用メールが短期間で自動的に削除されている▽存在していなければおかしいメールや議事録が情報公開請求に対し「ない」とされる▽情報公開請求回避のため公文書ファイル名がわざと抽象的にされている▽政治家らとの折衝や省内の打ち合わせの記録内容や対象を内々に制限している――問題などを取り上げました。掲載記事はキャンペーン開始から1年で50本を超えています。

 今回、メディア・アンビシャス大賞に入選した3回連載企画「制度を考える」はキャンペーンの一部で、社会部の青島顕、大場弘行、後藤豪(現経済部)、片平知宏、統合デジタル取材センターの日下部聡が取材・執筆に当たりました。制度の話は難解になりがちなため、▽2011年にできた公文書管理法の趣旨がなぜ徹底されず問題が相次ぐのか▽省庁内では公文書改ざんなどの不祥事の反省が生かされているのか▽日本の先を行く米国の公文書管理はどうなっているのか――といったシンプルなテーマを設定し、官僚や議員らの本音の証言をできるだけ盛り込むようにしました。

 取材班は今、首相の意思決定の過程や官僚とのやりとりを記録した公文書の在り方について取材を進めています。最も重要な公文書であるはずなのに、歴代首相への取材などから、特別な保存ルールがないため散逸や廃棄の危機にさらされていることが分かってきました。

 公文書が適切に保存され、主権者の国民に公開されることは、民主主義制度の根幹とされています。ところが、厚労省の統計不正を見るまでもなく、今なお問題は多く、改善は見られません。私たちの取材はこれからも続きます。今回の入選は大きな励みとなります。心から感謝いたします。

☆入選

全域停電を起こした震災の実相を多角的に

             北海道新聞編集局報道センター次長 澤田 信孝

 激しい揺れと大規模な土砂崩れで41人の命を奪い、道内の全域停電を誘発した昨年9月6日未明の胆振東部地震は、全北海道民を「被災者」へと変えました。地元紙として、この歴史的な災害の実相を多角的に点検・検証し、後世に残さなければならない―。私たちはこう考え、約2カ月後の11月から長期連載企画「激震 暗闇の大地(ブラックアウト)」を始めました。

 第1部は「あの3日間、道民は」。企画のプロローグと位置づけ、地震に直面した人々の証言を基に発生直後の道内状況を再現しました。第2部の「北電という組織」では、ブラックアウトを引き起こした北海道電力の体質に迫りました。その後も災害対応の「死角」を取り上げた第3部「気付かされたことは」、深刻な液状化被害を受けた札幌市清田区などの地盤問題に焦点を当てた第4部「沈んだマチから」を掲載。各部とも大きな反響を呼んでおり、夏までに少なくとも8部まで展開する予定でいます。今回の賞は今後に向けての大きな励みにもなります。

 企画の原動力の一つは被災地を走り回ってきた記者たちの蓄積と熱意です。北海道新聞は地震発生直後、最大被災地の胆振管内厚真、安平、むかわ3町の取材を充実させるため、社会部などの機能を持つ報道センターを中心に本社の他部、厚真町などの被災地を管轄する苫小牧報道部、道内外の支社、支局の応援を得て15人前後の現地取材班を構築。厚真町から約30㌔離れた門別町のペンションを前線基地とし、数泊ずつで交代させながら、しばらくこの体制を維持しました。特に初期段階では、ほぼ半数を遺族取材兼顔写真取りに専念させました。努力の結果、最終的に死者全41人中、38人の顔写真を手に入れ、発生1週間の節目の特設面で人となりを伝える記事とともに全顔写真を載せました。

 胆振東部地震はブラックアウトという前代未聞の事態を起こすきっかけもつくりました。信号機が一斉に沈黙し、物流は止まり、さまざまな業界が大きな打撃を受けました。これに加え、道都・札幌では建物損壊の被害も続出しました。私たちは胆振3町の深刻な地震被害、札幌市清田区の液状化問題、ブラックアウトと「3正面作戦」に臨まなくてはならない状況に直面しましたが、政府の動きをウオッチする東京報道センターと本社経済部、道内各支社・支局の努力により、何とか日々の紙面をつなぐことができました。

 地震から半年近くがたった2月21日深夜には道央を中心に強い地震が発生。厚真町で震度6弱を観測するなど胆振東部地震以降で最大の余震となり、道民は再び不安にかられています。教訓などを後世に伝える取材はこれからも続きます。

【映像部門】

☆大賞

徹底的に検証で歴史の「事実」を明かす

             日本テレビ報道局南京事件取材班代表 清水 潔

この度は栄えある賞にご選考頂きましたこと、関係者皆様、取材・制作にご協力頂きました方々に深く御礼申し上げます。

 本放送は、2015年に放送された「南京事件 兵士たちの遺言」の続編です。日中戦争において日本軍がおこなったとされる事件を検証し、真相に迫る事を試みた番組でした。これまで南京事件についてのテレビ番組はほとんど無かったこともあってか、反響は大きく、様々なメディアやネットなどでも話題にもなりました。視聴者からも「よく放送してくれた」「辛い歴史だが、知ることができて良かった」などと肯定的なものがおよそ9割でした。この番組はアンビシャス賞をはじめいくつかの賞を頂戴することができました。改めて御礼申し上げます。

一方、「虐殺などなかった」と言った反論も一部からはあがりました。「あれは虐殺ではない。捕虜を揚子江岸で解放しようとしたところ暴動が起きたため、自衛のために止む無く撃ったのだ……」という否定論も。この「自衛発砲説」については、番組内でも触れていたのですが、それでも否定的な人たちはネット上などで論陣を張っています。

この自衛発砲説とは事実なのか?それともいわゆる「歴史修正」の類なのか?徹底的に検証を行いその源まで辿ることにしたのです。結果、この話は利害当事者である隊長自身の発言であること、また最初にこの話を世に出した新聞記者自身をインタビューすると「虐殺はあったと思います」という言葉を聞くことができました。また軍の公式文書はなぜ残っていないのか、当時の新聞に虐殺の記事や写真が載っていないその理由にも迫りました。

番組を制作するにあたっては、兵士たちが自ら残した貴重な記録が不可欠でした。それを調べ、探し出した小野賢二さんの御協力に対し、この場をお借りして深く御礼申し上げたいと思います。

☆メディア賞

取材重ね、変わる当事者に驚き

               北海道テレビ放送 報道部次長沼田 博光 

アイヌ語が話され、伝統儀式が行われていた頃の体験をもつ世代は、もうわずかしか存命していない。その記憶を記録することが出発点だった。

しかしエカシ(長老)らの話を聞くうちに、遺骨返還問題という信じがたい差別と人権侵害、そしてアイヌの置かれる現状を今更ながらに知ることになった。

アイヌであることを隠す人が多く、取材拒否を覚悟していたが、説明を重ねるうちに取材に応じるアイヌが増え始めた。一方で国と国立大学は今も私たちの取材要請に対して無視かノーコメントを貫いている。

ニュース特集で出てくる大学関係者の声は、公の場のぶら下がり取材で、質問をぶつけた時の映像だ。内閣府や北大がメディアを選別し、意を汲まないメディアの取材を拒否するのは極めて問題だ。アイヌ行政を超えて国の危うさを感じるが、合わせてテレビメディア(民放)がこの問題に消極的なように感じられるのはとても残念に思う。確かにテレビでは扱いづらいテーマではあるのだが。

キャンペーン当初は、放送後に誤解も交じった意見が寄せられたが、放送回数を経て様々な考えや意見が寄せられるようになった。過去から積み重ねた映像も交えて30分の全国版を制作し、その後「聞こえない声」が作られていった。

まったく予期せぬ展開となったのは、遺骨返還に応じない北大医学部への批判が強まる一方で、他の学部からこの問題について深く学びたいというオファーが入ったこと。北大大学院西洋文学講座からは番組を教材としてゼミで使いたいとの申し出があり、留学生も交えて学生たちによる英語翻訳が始まった。

30分版と、聞こえない声の英語字幕版が完成し、ポーランド、スウェーデンでの上映会が行われた。アイヌ民族の現状を伝える番組(特に差別や先住権について)がほとんどなかったことから「アイヌ民族の現状を初めて知った」「日本の政策を知りたい」といった問い合わせが寄せられている。そうした意味では北大の懐の深さのようなものも感じた。

3月にも成立が見込まれるアイヌ新法は「同化政策の総仕上げ」とも言われ、国際的な潮流と真逆の方向に進んでいる。アイヌ民族が誇りをもって生きていくために何を伝えなければならないのか、引き続き自問しながら継続して取材を進めていきたい。

☆アンビシャス賞

手探りで聞きだした若者の声

                 グループ現代 ディレクター 仲宗根 千尋                         

この度は、メディアのためにご尽力されている方々、しかも北海道からの思いがけない賞にとても嬉しく思っております。このような賞を頂けるとは、番組の制作がスタートした頃には想像できなかったことです。

というのも、この『ラップと知事選』は、ほぼ「白紙」の状態で臨んだロケだったからです。白紙というのは、誰を撮るのか、何を撮るのか、ほぼ決まっていない状態に等しかったということです。急遽9月30日に行われことになった沖縄県知事選の10日前に、困惑しながら沖縄入りしたことが懐かしく思い出されます。私はまず初めに、沖縄の現状、特に基地問題への思いを力強くラップで発信している若者を見つけ出そうと思いました。しかし、その思惑は外れることになります。「基地があって良かった」「メディアは米兵の悪いことばかりを取り上げて、良いことをしても取り上げない」「米兵と結婚した友達もいるし嫌悪感ばかりじゃない」若いラッパーたちから聞こえてきたのはそうした声でした。

30代になると、声高ではないものの「自分は基地はいらないと思っている」、「何が正しいのか答えが出ない」という声もありました。私は、彼らと話す度に知らない沖縄を発見しているような気持ちになりました。構成に捉われずに、現場で発見をして、それをどう組み立てていくか。白紙で臨んだからからこそ、そうした大切なことに改めて向き合わざるを得ませんでした。そして、自分の思い描いていたものとは少し違う彼らの声こそ、沖縄の「今」を映し出しているのではないかと思うようになりました。

戦後70年以上が経過し、生まれた時から基地があって、生活のどこかでつながっている。もはや白か黒かで簡単に割り切れない複雑な思いや現状が、彼らの言葉を通して見えてくる気がしました。もちろん全ての若者がそうでないにしても、一つのリアルだと思いました。

私も沖縄の出身ですが、基地問題について自分の思いを口にするのは簡単ではないと感じています。今回、ラッパーを始めとする若者たちは自分なりの考えや思いを本当に素直に話してくれたと思います。言葉にできるのはそれが無意識であっても日々考えているからだと思います。取材に協力してくださったみなさまと、熱い想いで一丸となって取り組んだ制作陣、そして、番組に目を留めてくださったみなさまに心から感謝しております。

☆入選

孤立した難民家族の声が映し出す日本

          NHK文化福祉番組部  ETV特集班ディレクター 松原 翔

「日本で初めて難民認定されたシリア人の家族がいる」。戦争前のシリアに1年間暮らしていた私は、そう聞いて訪ねたのがラーマさんと出逢ったきっかけでした。

それから2年間、友人としてお付き合いする中で、カメラを回し始めました。数字で語られることの多い難民問題を、家族の物語へと手繰り寄せて考えるにはどうしたらいいのか・・・悩んだ末、「しゃべりたい時に限って、カメラがいない!」とラーマさんに怒られた事で、小型カメラを渡しました。

そこには、16歳の少女の心の叫びが映っていました。「人間は、一番怖い生き物」、「数学が好き、答えは一つだから」。家族の苦悩や喜びが、その距離感の近さ故に、“体温”を失わずに電波に乗って届けられました。

しかし孤立した生活を送る家族にとって、”放送”は初めて直面する“日本社会”でした。自分達のありのままの声がどう受け止められるのか、不安の中にいました。私自身も、社会の片隅でひっそりと生きる彼らを電波に乗せる必要はあるのか?揺れました。

放送後、五つ星レストランの元シェフでありながら日本では無職だったラーマさんの父は、番組を観た若者達に支えられて今、シリア料理店の開店に向けて動き始めています。

そしてこの度、受賞したことで、彼らの声は受け入れてもらえた、共に歩んだ苦しみには意味があったのだと実感できました。放送の怖さ、そして力を強く感じました。

最後に、既にご存知の通り、「ETV特集」は今、存続の危機にあります。しかし、これまで何度も危機の歴史はありました。その度に、視聴者の方々に評価される事で、存在意義を確認し続けてこられました。現在、大変厳しい状況ではありますが、ディレクター個々人が志を失わなければ、反骨心のある番組を作り続けられると信じています。表彰式には都合により伺えず大変残念ですが、重ね重ね、この度の受賞に心より感謝申し上げます。

☆入選

見捨てられた世界に強力な理解者が…

         中京テレビ報道局ドキュメント班チーフディレクター 安川克巳

「大きな志」という名の付いた賞をいただけることは、報道のあり方が厳しく問われている昨今、現場の人間としてこの上なく光栄に感じています。ありがとうございました。そして今、この喜びを取材に協力してくれた勇気ある女性達と共に分かち合いたいと思っています。

この番組「マザーズ~“特定妊婦”オンナだけが悪いのか。」は、2012年から中京テレビが制作し日本テレビ系列のNNNドキュメントなどで放送している「マザーズ」シリーズの4本目です。「マザーズ」とは特別養子縁組における「産み」と「育て」のふたりの母を指し、彼女たちの葛藤から養子として託される子ども達の幸せとは何か問うものです。

今回のサブタイトル「オンナだけが悪いのか。」は、およそ7年の取材実感から産んでも育てられない女性の立場に目を向けました。年々制度自体への理解が進む一方で、放送の度に視聴者メールなどでは「産んで育てられないなんて無責任だ。同情できない。自業自得だ」と、女性への非難がやまなかったのです。それは本当に女性だけの問題なのか。相手の男性は?家族は?そして日本社会は未だ古い固定観念でジェンダーギャップを生み出していないか?

企画の背景には女性だけに厳しい不倫報道への疑問があったのも事実です。究極のプライバシーに触れる取材は当然難航が予想されました。しかし、主役の心理カウンセラーの女性は前作のマザーズを見て自身も子どもを養子に託した立場。自分も同じ立場の女性達のために役に立ちたいと、番組の強力な理解者となってくれました。

特別養子縁組は近いうちに上限年齢が6歳未満から15歳未満に引き上げられます。一方で子どもの「出自を知る権利」を法律で明文化するかどうかなど、まだまだ課題があります。特別養子縁組という制度の中で、子どもや女性がどうすれば社会や人生に希望を抱けるのか。今回の入選を糧として報道を続けていきたいと思っています。

☆北海道賞

全資料1万714枚を1つ1つ検証

                    北海道放送報道部 澤田紗季

この度は、とても光栄な賞を賜りありがとうございます。初の北海道賞受賞と伺い大変うれしく思っております。

優生上の見地から強制的な不妊手術を認めた旧優生保護法。北海道は不妊手術の件数が全国最多です。

札幌市に住む76歳の男性も被害者の1人です。19歳の頃、精神障害と診断され精管を切除する手術をうけたといいます。なぜ人権侵害の法律が放置されていたのか。一昨年の秋、強制不妊手術を審査した北海道の資料が、道庁の地下で発見されました。私たちは道内放送局の中でいち早く情報開示請求をし、一昨年1月に取材チームを結成。保管されていた全資料1万714枚を1つ1つ検証しました。

取材を進めると、当時北海道が障害者を「不幸な子ども」と呼び、行政が積極的に手術を推し進めていた実態が明らかになりました。

また、メディアとして当時どんな報道をしていたのか、検証の対象は自分たちHBC(北海道放送)にも向きました。ライブラリーには、「不幸な子どもを生まない推進協議会」のニュース映像が残っていたのです。しかし台本は残っておらず映像に音もありません。また、当時制作していた北海道の広報番組の台本2冊の記述からは知事や担当部長を招いて、この運動の宣伝をしていた記述を発見しました。しかしこちらは映像がありませんでした。そこで、当時の報道部長へ取材を申し入れました。放送はシリーズとなり、全国放送や番組化にもつながりました。

強制不妊手術を受けた男性は放送をみて「一緒に戦っていこう、実名を出していい」 と、実名で取材に答えてくれるようになりました。「頑張っていくしかない」といつも前向きな言葉を話してくれた男性でしたが、提訴の日には思いが込み上げてきてしまい、抱えていたものの大きさがうかがえました。

法律の被害者は高齢化が進み、実態解明が急がれます。この賞を励みに、今後も取材を続けていきます。

(なお、「受賞の言葉」の全投稿文について、数字は洋数字に、さらに該当賞名について、当会の記述に揃えました。また見出しは当会の責任です。ご承知ください。)

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