2021年受賞者の言葉

【映像部門】()内は放送局及び制作局、放送日

大賞 BS12スペシャル「村本大輔はなぜテレビから消えたのか?」(BS12トゥエルビ3月19日)

「原点」に戻って悩んでみよう

            BS12トゥエルビプロデューサー 佐々岡 沙樹

放送局には、放送法上の「政治的公平性」が求められています。

そして、放送業界では政治的発言をする芸能人は“難しい”とされています。

3年近く前に村本さんの独演会を見に行った際に、世間的に言われている村本さんの印象との間に大きな差を感じました。それと同時に生じた「なぜテレビで放送できないと言われているのだろう?」という素朴な疑問から、村本さんという一人の芸人を通して、放送業界にいる自分自身、放送法の成り立ちから原点に立ち返って「テレビ」というメディアについて改めて考えたいと思い、この番組を企画しました。

この番組は様々なご批判を覚悟の上で、制作をさせていただきましたが、放送後に好意的なご感想もたくさんいただきました。SNSの発達により、誰もが公に発信する「表現者として」、「情報を受け取る側として」、いろいろ思う部分がおありになるんだなと改めて感じました。

番組内で「誰も傷つけないお笑いは存在しない」という村本さんのコメントがありますが、テレビ番組も同様だと思います。どんなに悩み抜いて制作をしても、必ず誰かを傷つけていると思います。しかし、この番組制作を通して最後に自分の中に残ったのは、「それでも悩み続けるしかない」「制作者たるもの、楽をしようとするな」という当たり前の自戒でした。

メディア賞 ①ETV特集「消えた技能実習生」(NHKEテレ11月20日)

4本の番組枠を活用し、継続的に取材

               NHK制作局ディレクター 青山浩平

この度は栄誉ある賞に選んでいただき、ありがとうございました。この栄誉は取材に答えてくれた実習生たち、そして支援者達と分け合いたいと思います。

私たちは3年前に知り合った10人のベトナム人技能実習生たちを『バリバラ』『ノーナレ』、そして2本の『ETV特集』という、4本の番組枠で継続的に取材してきました。年収の数倍の額を借金し、ベトナムの法律で定められた倍以上の額を支払って来日した彼女たち。取材を進めるとベトナムから日本側への渡航費・滞在費・接待費の負担や、キックバックなどが横行していることがわかりました。制度に関わってきた官僚は、技能実習は“移民という議論に踏み込まない”“行政コストがかかっていない”“中小企業に対する人的補助金”であると証言しています。

実習生たちはコロナ禍でさらなる苦難に見舞われました。国が“人道的措置”として出したビザの中には医療保険の資格を失うものもあります。コロナ解雇にあう人、会社を転々とする人、新型コロナに感染した人。反社会的勢力による搾取のシステムに取り込まれる人や、妊娠や出産で追い込まれる人々の存在も分かってきました。

スイス人作家、マックス・フリッシュの「我々は労働力を呼んだが、やってきたのは人間だった」という有名な言葉があります。「外国人材拡大」の旗を振るならば、実習生たちの尊厳、権利を守る仕組みを早急に整備する必要がある、と強く思います。

②ETV特集「玉砕の島を生きてテニアン島~日本人移民の記録」(NHKEテレ8月28日

37年間、抱き続けたテーマを実現

                   ループ現代 ディレクター 太田 直子

このたびは、太平洋戦争中のテニアン島の番組でメディア・アンビシャス賞をいただくことになり、大変光栄です。本当にありがとうございました。

 私がサイパンやテニアン、日本占領下の旧南洋群島関係者の取材を始めたのは1994年。20代の終わりだった自分が話を聞いた人たちの多くはすでに鬼籍に入られています。沖縄戦や満州引き揚げの一年前に起きていた南の島の集団自決は、「玉砕」という言葉の影に隠れ、詳しく知られる機会は多くありませんでした。また住民をまきこんだ地上戦の悲惨さは、その場にいた人たちにいまなお口をつぐませています。「話したくない」という言葉をいったい何度聞いたでしょうか。 

 多くの戦争体験者の方々の心に刻まれた、語りたくないできごと。しかしそれはいまを生きる私たちの心に、戦争の悲惨さをもっとも強く伝える力をもっていることでもあります。

 思い出すのも辛いできごとを語ってくださった方々には、心より感謝しています。そして長い間自分の手元に留めていたその声を、今回番組という形にして多くの戦後世代の人たちに届けることが出来て本当によかった。話を聞いたものとしての責任をようやく少し果たすことが出来た、と思っています。

 受賞を励みに、今後も戦争体験者の方々と向き合いつつ、まだ手元にためている声を私が元気なうちに次の世代へ手渡す努力をしてゆきたいと思います。

アンビシャス賞 ETV特集「エリザベス この世界に愛を」(NHKEテレ1月23日)

悲痛な訴えを形に、と必死になった

                 テムジン ディレクタ― 高倉天地

ETV特集「エリザベス」の始まりは2019年4月の小春日和。東日本入国管理センター前で声を張り上げる一人のナイジェリア人女性、エリザベスと出会いました。その時私は入管収容施設について無知でした。「現実を見て欲しい」。エリザベスに導かれ、私は施設内の面会室に何度も入りました。収容者たちは血を吐いたり、安定剤の飲み過ぎで口からヨダレが垂れながらも、悲痛な訴えをぶつけてきました。エリザベスも面会のたびに泣き崩れていました。私の中にも怒りや無力感などがごちゃ混ぜになった感情が押し寄せました。2019年6月にナイジェリア人男性がハンストで餓死しました。2020年に入るとパンデミック、そして入管法の改悪など、立て続けに問題が起こりました。私は視聴者に何を伝えるべきなのか苦悩しました。それでも何とか形にできたのは、番組チームの協力があったからです。特に、長年入管を取材されてきたNHKの山口智也さんの存在無しではこの番組を語ることはできません。番組が放送された矢先、名古屋の入管施設でスリランカ人女性が亡くなりました。私はだほとんどその実態がわかっていないことを痛感しました。最後に、このような栄えある賞を頂き、ありがとうございます。今日も入管収容施設に面会に向かうエリザベスに、この賞を届けたいです。

優秀賞 ①NNNドキュメント「ヤングケアラー “見えない子供たち”のSOS」(読売テレビ―札幌テレビ7月5日)

当事者の声に耳を傾けて

               読売テレビ放送報道局 平村香月

3年前、視覚障害のあるご夫婦と家族を支える子どもたちを取材した経験から、「子どもの目線」でケアを捉え直し、ヤングケアラーという視点に出会いました。親や家族を悪く言われたくない、家族の内情は明るみにしたくない。だからこそ外部の支援がヤングケアラーにつながることが難しいように、当事者たちの声を拾い、映像化することは困難の連続でした。しかし、たとえケアが過去の経験であったとしても、表情や話し方、歩く姿といった何気ないシーンは彼らの苦悩や葛藤を映し出すものでした。社会に埋もれていた子どもたちの存在を浮き彫りにすることで、自分なら何ができるかと想像力を働かせ、思いを馳せるきっかけを提供できていれば本望です。ヤングケアラーに対する認知度は徐々に上がり、支援の必要性を共有できる社会に近づいています。一方、ケア経験は周囲が思う以上に多様で、困難もあればケアを担ったことによる価値を見出すケースもあります。だからこそケアをする・しないも含めて選べる世の中に。そして、支援策を考える際には彼らの声に改めて立ち返ることが重要ではないでしょうか。これからがまさに正念場…子どもや若者たちの声なき声に耳を傾け、継続して社会に届けていきたいと思います。市民の方々に選んでいただいた賞は、勇気を出して経験を語って下さった方々に贈られたものでもあると思います。取材に協力して下さった多くの方々に改めて感謝申し上げます。

②逆転人生「貧困の連鎖を断て 西成高校の挑戦」(NHK1月25日)

コロナ禍の下、出演者の信頼に応えて

                     NHKディレクター 渡辺秀太

このたびは、名誉ある賞をいただき、大変光栄に存じます。この場をお借りして、番組にご協力くださった西成高校の方々、出演を快諾してくださった卒業生のお二人、そして関係者のみなさまに御礼申し上げます。

コロナ禍で教育のあり方が問われる今、16年前に始まった西成高校のユニークな取り組み「反貧困学習」が、改めて注目を集めています。番組では当時の先生方のご協力も得て、労働者の権利や社会保障制度などを学び、将来を切り開く力を養う「反貧困学習」を軸に西成高校の逆転劇を丁寧に描くことができました。

また、卒業生のお二人に実名での出演をご快諾いただけたことで番組にリアリティを生むことができました。この取材で難しかったのはコロナ禍ということもあり、事前取材が電話でしかできなかったことにあります。直接お会いせず私を100%信用してもらうのは非常に厳しいことであると感じていましたが、お二人から言われたのは「私たちが出演することで誰かの役に立てるのであれば何でも協力します」という言葉でした。もちろん本人にとって言いたくないこともあったと思われますが、「あなただから信用して話します」と言われたのは一取材者としてとても嬉しく思いました。

今回の受賞を励みに、より一層の努力を重ね、質のある番組制作を行っていく所存です。誠にありがとうございました。

テキスト ボックス: 民主主義を掲げる市民社会にとってメディア、その核となるジャーナリズムが健全であることは必須条件でしょう。良い報道に注目することで、市民の側に立つジャーナリズムの一助になれば、とメディア・アンビシャスは2009年に発足しました。活動の一環に大賞表彰を毎年行っており、今回で13回になります。毎回、受賞者の皆さんに「受賞の言葉」を執筆してもらっています。13年を重ねると、その時々の社会のありようも浮かび上がります。ホームページhtpps://media-am-s.comに毎年分を掲載しています。どなたでも読めます。(山)

③ETV特集「東電の社員だった私たち 福島との10年」(NHK Eテレ9月25日)

おじさんと、灰色の空

NHK ディレクター 金井 良祐

 なぜか、おじさんが好きだ。おばさんも嫌いじゃないが、やっぱりおじさんがいい。これまで作ってきた番組もおじさんモノが圧倒的に多い。先日は札幌で71歳のギター弾きの番組を作ったし、福島局にいた時はポジティブな爺ちゃん“ポジいちゃん”という番組を作ったこともある。ライターの姉が、パリの素敵なおじさん、という本を書いているが、兄弟そろっておじさんにそそられる体質らしい。

 中でも、東電社員のおじさんたちとの出会いは、我がおじさん図鑑の中でも、巻頭カラーぶち抜き10頁的な圧倒的存在感を放っている。原発事故によって、突如、加害企業の社員という十字架を背負ってから、逃げ出したくなる気持ちを押し殺して、立ち向かい続けたおじさんたちの顔には、理想論なんかじゃ割りきれない、生の息遣いが溢れているように思う。

少しでもマシな世の中を次世代に手渡したいと、ヘボながらディレクターを続けてきたが、知れば知るほど思った以上に世の中の構造は複雑で、利権と人情が入り組んだカオスは、北星余市高校卒業の私にはちょっと難しすぎる。東電擁護か!原発推進か!と放送後には、弊社OBがくだらない難癖もつけてきた。東電という会社のことは知ったこっちゃないが、ある日突然、加害者となったおじさんたちの想いや、前を向こうともがく福島の人たちの心にまでケチをつけよう先入観と悪態に、高校時代さながらに、金属バット片手にぶん殴りにでもいってやろうかとも思ったが、鏡に映った自分もかなりのおじさんだったので、素振りするだけにとどめておいた。

物事をフラットに、白でも黒でもなく、グレーであることをグレーとして受けとめる。今回の受賞は、そのことを評価していただけたように感じ、大変うれしく思っています。

北海道賞 「ネアンデルタール人は核の夢を見るか~“核のごみ”と科学と民主主義~」(北海道放送11月11日)

核ごみを小さな町に押し込める正体は?

北海道放送報道制作センター報道部 澤出 梨江

おととし8月、北海道の寿都町と神恵内村で「核のごみ」の最終処分場選びの調査検討の報が地元新聞のスクープで舞い込みました。2006年の高知県東洋町での一連の動き以来、最終処分場については久々の動きで、「なぜ北海道なのか…」という思いと「やっぱり北海道のマチが手を挙げたか…」という思いが綯い交ぜになりました。日本の地方では、過疎と財政難の悩みが横たわっていて、いつも「端」から事は起きるという意識があります。両町村で暮らす人々は何を感じ、未来をどう見つめるのかを取材して、全国に届けなければいけない、と思いました。大切にしたのは、国、NUMO、町長、そして町民、科学者…それぞれの「言い分」です。なぜ手を挙げたのか?なぜ交付金が必要か?どういう方法なら納得されるのか?こんなにも色々な意見が生まれる「核のごみ」の議論を、小さな町に押し込めるものは何か、と常に感じざるを得ませんでした。番組化にあたっては、プロデューサーから「プレートが動かない場所=南鳥島」の存在を知らされ、感情論に陥ることなく、科学的なエセンスが加わりました。

北海道でメディアに関わるなかで、貴団体からこの賞をいただける取材活動・放送ができたことを、とても光栄に思います。また、この場を借りて、取材クルー・編集・音効をして下さった仲間に心から感謝を伝えたいです。皆と作品を作り上げることができたかけがえのない時間の尊さを後輩にも伝えたいです。この度は、誠にありがとうございました。

テキスト ボックス: 選考概況 今回の表彰作品は昨年1年間(2021年1月1日~12月31日)が対象です。審査及び投票は、22年年初の候補選定を経てホームページへの候補作品掲載、映像部門の集中視聴会の開催(1月中旬)、さらに1月29日の最終選考会で確定しました。
 【活字部門】オブザーバー会員を含めた推薦は新聞を中心に総計25本数えましたが、コロナ禍報道に紙面が埋められたせいか、推薦数は例年より減少しました。今回とりわけ注目されたのが、スクープ記事の扱い。大賞は沖縄タイムスと共同通信の会社の枠を超えた記者による連携から生まれ、メディア賞の朝日新聞は日ごろの地道に築いた情報源の成果だったことを見せ、信濃毎日の記事は記者個人の確かな視点が生かされていました。それぞれが異なった取材現場の様相をうかがわせ、ニュース誕生の瞬間をみるような興味をかき立ててられました。毎日の「ヤングケアラー」のキャンペーンは、ジャーナリズムの問題提起力を改めて示しました。
 【映像部門】推薦作品は例年とほぼ同じ38本に上り、いずれもが秀作で評価に意見が割れました。行き場のないホームレス、入管に強制収容される外国人、そして職を失って途方にくれる外国人実習生…など多様な社会問題に切り込む作品が並ぶ中、大賞に選ばれたのは、1人のコメディアンが本音トークを繰り広げるうちにテレビから消えていく過程を描いた作品でした。アメリカの「スタンダップ・コメディ」や沖縄に根付いて社会課題に取り組む演芸などと重ねながら、わが国のテレビ状況を痛烈に風刺していました。深夜の放送のうえ番組宣伝も十分になされなかったようですが、当会の活動と響き合っているように思えました。(文責・山本)

【活字部門】()内は掲載紙と掲載日

大賞 「辺野古新基地に自衛隊を常駐 海兵隊と自衛隊のトップが極秘合意」(沖縄タイムス1月25日)

個人の信頼で裏付けた「機微な情報」

   沖縄タイムス編集委員 阿部岳

このたびは、私たちの「辺野古に陸自」報道を見いだして表彰してくださり、本当にありがとうございます。沖縄に関するニュースがこうして、北海道で活動を重ねてこられたメディア・アンビシャスのみなさまにも届いたことは、望外の喜びです。

共同通信編集委員の石井暁さんと2人で取り組んだ今回の合同取材は、両社にとって初めてのケースでした。一緒に情報源に話を聞き、個別の取材メモを共有し、それぞれ書いた記事について意見交換する。組織の壁を超え、まるで同僚のように力を合わせました。

両社の組織が理解し、応援してくれました。一番大きかったのは、以前から私が石井さんの闘う取材姿勢を尊敬し、知遇を得ていたことだったかと思います。本当に機微な情報は、個人の信頼がなければ共有できません。

辺野古新基地に陸上自衛隊が常駐するという話を最初に聞いた時、まずは自力で記事化したいと考えましたが、到底できませんでした。そこで石井さんにご相談したところ、実は石井さんもそれ以前に同じ情報を全くの別ルートで入手し、裏付けられなかったということでした。

1人、1社では超えられない秘密の壁も、力を合わせれば突破できます。権力がますます強くなり、メディアの信頼や経営基盤が揺らぐ中、束になってかかることが、権力監視を続ける一つの方法ではないでしょうか。私たちの小さな試みが、メディア連携が盛んになるきっかけになれば、これに勝る喜びはありません。

ミスリードにも怒りにも…めげないように

       共同通信社専任編集委員 石井 暁

「辺野古新基地建設に関連して、お耳に入れたいことがあります」

旧知の沖縄タイムス編集委員の阿部岳氏から最初のメールを受け取ったのは、2020年の5月25日だった。数日後に比較的安全な方法で届いたメールにはこうあった。「お伝えしたかったのは、防衛省が辺野古新基地に自衛隊駐留を計画しているという話です」

 筆者は2017年、同じテーマで数か月間取材したが、防衛秘密の厚い壁を崩すことができず頓挫していた。阿部氏の長文のメールを読み進めていくと、情報としての確度は極めて高いと判断できた。記者になって35年たつがこれまで全く経験がない、同業他社との「合同取材」のスタートだった。

 しかし、なかなか核心の話をしてくれる関係者は見つからず、取材は最初から難航。さらに長年信頼していた陸自元将官Aに肝心の部分でミスリードされ、一時は合同取材を断念する寸前まで追い込まれた。

 実際に記事として新聞に掲載されたのは取材開始から半年以上経過した2021年1月25日の朝刊だった。

 記事を読んだ陸自元将官Bは「よく書いた。大変な反響だ」と激励してくれた。一方、防衛省で偶然再会した陸自元将官Cは「そういう趣旨で話したのではない」と激怒した。いつものことだが、記事を書くとそれまで築いてきた人間関係のいくつかが壊れてしまう。だがそれでも書かなければ、と思っている。

 還暦記者に「アンビシャス」とは気恥ずかしい限りですが、これからもめげないようにとの激励と考えています。感謝します。

            

メディア賞

①「国交省、基幹統計書き換え 建設業受注統計を二重計上」のスクープと一連の報道(朝日新聞12月15日以降)

励まし合って解明の糸をたどる

朝日新聞東京本社社会部記者 伊藤嘉孝

このたびは光栄な賞をいただきありがとうございます。ニュースの受け手である皆様から評価をいただいたことは、大変ありがたく、励みになります。取材チームを代表して御礼申しあげます。

 「国交省、基幹統計書き換え 8年前から二重計上 建設受注統計、法違反の恐れ」という見出しの記事が朝日新聞朝刊の1面に掲載されたのは昨年12月15日でした。政府は不正を認めて謝罪し、再発防止に取り組むことを約束しました。

 取材の道のりは平坦ではありませんでした。東京本社・社会部の調査報道班の記者たちが、糸を少しずつたぐるような作業に要した期間は半年に及びました。難解な公開資料と法令を読み解いては、人に会って確認する、ということを繰り返しました。

 中央省庁が表沙汰にしたがらないことについて裏付けを取ることのハードルの高さに、心が折れそうになるたび、記者同士で「自分たちがやらねば、なかったことにされてしまう」と鼓舞しあいました。試行錯誤を応援してくれる社会部の雰囲気にも支えられました。

 そうしてやっとたどり着いた報道の価値を今回認めていただいたことに、報われた思いを抱きつつ、「さらに頑張れ」とエールを下さったものと受け止めています。

 問題は終わってはいません。不正の影響は調査中で、不可解な点が多く残っています。国会では論戦が続いています。受賞を励みにさらに取材を進めてまいります。

②「判決文『コピペ』か 生活保護費引き下げ 京都・金沢地裁 誤字も同じ 文章酷似」(信濃毎日新聞12月16日)

「聖域」裁判所の実態にメス

信濃毎日新聞編集委員 渡辺秀樹

 三権の一翼を担う裁判所は独立、不干渉が原則だ。憲法には「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」(76条)と書かれている。判決が、時の政権の意向に左右されないようにする大事な原則だと思う。実際は政権の顔色をうかがったように見える判決も多いが…。

 その不干渉の原則から、判決がどのような過程を経て作成されたかは「評議の秘密」として決して明らかにされることはない。裁判官が取材に応じることもない。ただ、外部の検証を受けないのをいいことに、ずさんなことが行われているのではないか。そんな疑問を抱かせたのが、判決文の「コピペ」問題だ。

29都道府県で提訴されている生活保護基準引き下げ訴訟で、昨年5月、原告の訴えを棄却した福岡地裁判決が「NHK受信料」を「NHK受診料」と間違えた。この訴訟のように3人の裁判官による合議の場合、1人の裁判官が判決文を起案し、残る2人の裁判官(1人は裁判長)、書記官がチェックするはずだが、誤字が見過ごされている。ろくに読んでいないのではないか。ずさんさはまず、ここに現れた。

その後の京都地裁(昨年9月)、金沢地裁(同11月)の判決文も同じ所で間違っていたほか、その前後の文章、他の幾つかの段落も福岡地裁判決と酷似していた。

これまでも他の裁判に対し「コピペ判決」という批判はあった。それは比喩だったが、今回は誤字まで同じという決定的な証拠によって、実際にパソコン上で前の判決文をコピーして貼り付けるコピペをしたことが確実だった。

一連の訴訟の原告は、基準引き下げで人間らしい生活ができないと訴える生活保護受給者たちだ。コピペ判決は、この訴えに裁判官が真摯に向き合わず、初めから結論ありきで安直に判決文を作成している姿を浮かび上がらせた。

 裁判所は聖域ではない。その内実にも突っ込んで取材、報道する必要性を強く感じた。また、裁判所も「判決内容に関わることにはお答えしない」という決まり文句で逃げているだけではなく、自ら調査し、その結果を公表すべきだ。そうしてこそ本当に「開かれた裁判所」になると思う。

アンビシャス賞 映画「MINAMATA」一連の扱い(朝日新聞10月3日、16日)

伝わらない水俣病を、伝える

朝日新聞熊本総局次長 田中久稔

当事者が声を上げても届かない。伝えているつもりでも伝わっていない。水俣病はその典型だと思っています。

 まず関心がある人は稀で、小学校で習ったっけ、がだいたいの反応です。地方の、そのまた外れで60年以上前に表面化した事件を、多くの人は忘れています。未解決だなんて想像もできない。それも不思議ではないでしょう。未解決であることが異常なのですから。届けなければならない声を伝えきれず、取材者として不甲斐なさや無力感を覚えていました。

 本邦で昨年公開された映画「MINAMATA」と水俣病をめぐる一連の報道には、そんな状況に風穴を開けたいとの思いがありました。ジョニー・デップさんの製作・主演で注目されたのを機会と捉え、終わっていない水俣病の事実を、これまで届かなかった人たちに伝えようと試みました。

 取材したのは長年、水俣病を追う記者たちです。社内でも多くはありません。細々と、たゆまず、こだわってきました。

 映画の企画段階から水俣支局長の奥正光記者が取材を始め、作品が初公開されたベルリンに向かいました。奥記者は写真家ユージン・スミスの人物像だけでなく、彼がフィルムに刻んだ患者さんが還暦を過ぎて今を生きる姿を書きました。奥村智司記者と私は、国策による被害が放置され続けた水俣病が問うものを取材しました。元熊本総局デスクで編集委員の北野隆一記者は、一枚の患者さんの写真をめぐる当事者の思いを大型インタビュー記事で伝えました。

 10月3日・16日付朝刊で展開したこれらの記事は、デジタル版の特集(プレミアムA)と連動したものです。デザインや動画、編成など各方面が総力を挙げてつくりました。ユージンの写真を中心に、いまだ歴史になりきれない水俣病の現実を伝える内容で、今もネットで公開しています。

 アンビシャス賞に選んでいただいたことは、携わった者すべての励みになりました。ただ、その後も国や社会に変化はみえません。燎原の火にならなくても、種火を絶やすことなく、伝えていきます。

優秀賞 ①連載「ウコチャランケ」(北海道新聞 20年10月~。月1回掲載)

アイヌ民族を巡る多様な思いを表現する

北海道新聞文化部編集委員 中村康利

 すばらしい賞をいただきありがとうございます。

 アイヌ民族の声を伝えたい。多くの記者たちと同じ考えを私も持っています。どうしたら当事者ひとりひとりの気持ちや考えを丁寧に紹介できるのか。そう考えていた時、北海道新聞論説主幹を務めた故山川力(つとむ)さんが1998年に制作・監修した『アイヌは主張する』(未来社)という本を思い出しました。詩、対談、評論、写真など、多様な表現方法で、アイヌ民族やそれ以外の皆さんの思いが生き生きと描かれています。

 これを参考に「ウコチャランケ」(話し合い)という月1回程度の企画連載記事を始めました。アイヌ民族の方たちに原稿を書いていただいたり、記者がインタビューしたりするほか、テーマに沿って記者が取材したりしています。多様な内容にしたいので、寄稿やインタビューは基本的にフリーテーマにしています。アイヌ民族以外の多数派の日本人がどう考えているのかという視点も欠かせません。こうした方たちにもご登場いただいています。子育て、仕事、文化伝承、人々との出会いなど、描写された日常には未解決の植民地主義や社会進化論、単一民族論といった問題が垣間見えます。これらの解決には先住民族の権利回復が不可欠です。

 今回、根強い差別の中、勇気をふるって紙面に登場していただいた方々が受賞したのだと受け止めています。新聞媒体に潜在する、アイヌ民族を巡る公共的な言論空間という機能を引き出すのが、微力ながら私の役割と思います。

②「ひきこもりのリアル『引き出し』ビジネス」(朝日新聞2月1日~4日)

証言者に重い責任を痛感

朝日新聞東京本社社会部記者 高橋淳

ひきこもっている本人の意志とは関係なく親と契約し、無理やり部屋から連れ出して施設に入れる――。そんな行為を「支援」と呼んで、多額の費用を請求するビジネスがあります。「~塾」「~スクール」「~の学校」とインターネットを開けばこうした業者名が次々にヒットし、いまも被害は絶えません。

 連載「『引き出し』ビジネス」は、「引き出し屋」と呼ばれる「支援」業者の暴力的な連れ出しや監禁行為の実態を、ひきこもりの当事者や家族、業者などへの取材で描き、問題の背景や支援の課題を伝えることを目指しました。

 自宅まで売って契約した結果、息子を亡くした高齢の母、施設から抜け出したいまも恐怖から抜けられない女性……。被害に遭われた何人もの方が、重い口を開いて取材に応じてくださいました。そんな皆さんへの責任を果たしたい一心で書いた記事がこうしてすばらしい賞に選ばれ、感謝しています。本当にありがとうございました。

 この1月下旬、東京地裁で、本人の意に反する連れだしを違法と認め、業者側に損害賠償を命じる初の判決がでました。大きな前進だと思います。

 一方、被告の業者についてはニュースやワイドショーが「支援のプロ」として繰り返し紹介した経緯もあります。メディアの自己検証が必要な事案だと思いますし、記者の一人として、取材対象をていねいに見極めることの大切さ、伝える責任の重さを考えさせられています。

特別賞 「ヤングケアラー」を取りあげた一連のキャンペーン(毎日新聞20年春~随時)

新しい言葉に感じた発信力

毎日新聞東京本社デジタル報道センター記者 山田奈緒

 毎日新聞の取材班がヤングケアラーのキャンペーン報道をスタートさせたのは2020年の春のことでした。子どもが担うケア内容や家族への思いはあまりにも多様で、何をどんな角度から伝えたらいいのか、迷いの連続でしたが、家族全体を支援する必要性や社会の課題などを少しずつ発信できたと思っています。

 「SOSを出して良い」「1人で抱え込まないでほしい」。こうしたメッセージを、今まさに家族の介護や世話の渦中にいる子どもに届けたくて、ウェブ記事やSNSの積極利用などを進めました。新聞の読者層以外に伝え、関心を広げていく作業は難しかったですが、当事者や若い世代からの反響も少なからずあり、励みになりました。

 キャンペーン報道を始めた当初、ヤングケアラーという新しい言葉がこれほど社会に浸透するとは思っていませんでした。毎日新聞だけではなく、各メディアからの注目が徐々に集まり、それが国や自治体によるヤングケアラー支援を加速させたのだと思います。報道の仕事の大切さを感じることもできました。

 特別賞に選んでいただき、ありがとうございます。新しい言葉を一時のブームに終わらせないよう、試行錯誤しながら地道に報道を続けていきたいと思います。

※本年からこれまでの「入選」を「優秀賞」に名称変更しました。

※「受賞者の言葉」の見出しは当会でつけています。

受賞者一覧 ※敬称略

【映像部門】ディレクターD、プロデューサーPと表記しました。

▽大賞

BS12スペシャル「村本大輔はなぜテレビから消えたのか?」(BS12トゥエルビ)

P 佐々岡沙樹、D 日向史有(ドキュメンタリージャパン)、P 石川朋子(同)

P 檀乃歩也(同)

▽メディア賞

1.ETV特集「消えた技能実習生」(NHK Eテレ) D 青山浩平

2.ETV特集「玉砕の島を生きて テニアン島日本人移民の記録」(NHK Eテレ) 

D 太田直子(グループ現代)

▽アンビシャス賞

ETV特集「エリザベス この世界に愛を」(NHK Eテレ)D  高倉天地(テムジン)、P 山口智也

▽優秀賞
1.NNNドキュメント「ヤングケアラー “見えない子供たち”のSOS」(読売テレビ―札幌テレビ)

D 平村香月、P 吉川秀和、P 堀川雅子、カメラマン 大塚伸之(エキスプレス)、

エディター 芦田諒平(ytvNextry)

2.逆転人生「貧困の連鎖を断て 西成高校の挑戦」(NHK) D 渡辺秀太、P 堤田健一郎
3.ETV特集「東電の社員だった私たち 福島との10年」(NHK Eテレ) D 金井良祐
▽北海道賞
「ネアンデルタール人は核の夢を見るか〜“核のごみ”と科学と民主主義〜」(北海道放送)

D 澤出梨江、P 山崎裕侍 

【活字部門】
▽大賞
「辺野古新基地に自衛隊を常駐 海兵隊と自衛隊のトップが極秘合意」(沖縄タイムス)

沖縄タイムス編集委員 阿部岳、共同通信専任編集委員 石井暁
▽メディア賞
1.「国交省、基幹統計書き換え 建設業受注統計を二重計上」のスクープと一連の報道 (朝日新聞)

東京本社社会部記者 伊藤嘉孝、柴田秀並、岡戸佑樹
2.「判決文『コピペ』か 生活保護費引き下げ 京都・金沢地裁 誤字も同じ 文章酷似」 (信濃毎日新聞) 編集委員 渡辺 秀樹
▽アンビシャス賞
映画「MINAMATA」一連の扱い(朝日新聞)

  熊本総局次長 田中久稔、水俣支局長 奥正光、鹿児島総局記者 奥村智司、

東京本社編集委員 北野隆一

▽優秀賞
1.連載「ウコチャランケ」(北海道新聞)文化部編集委員 中村康利
2.「ひきこもりのリアル『引き出し』ビジネス」(朝日新聞) 東京本社社会部記者 高橋 淳
▽特別賞
「ヤングケアラー」を取りあげた一連のキャンペーン(毎日新聞)

 東京本社デジタル報道センター記者  山田奈緒、三上健太郎、大阪本社社会部記者 向畑泰司、

東京本社政治部記者 田中裕之

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